中国社会の抱える矛盾 5

市民の収入は中国平均の4~5倍もあるといいます。


買い物好きの通訳の王さんに誘われてショッピングセンターに入ってみました。


高価な商品で満ちあふれ、銀座あたりのデパートに引けをとらない華やかさです。


商品には皆、2種類の値札が貼られています。


ひとつは中国の通貨である人民元、そしてもうひとつは香港ドルで表示されています。


香港経済の影響力が強い深鯛では香港の通貨がそのまま使えるのです。


逆に人民元で買い物をすると、香港ドルよりも10パーセントくらい割同になると売り子さんが説明してくれました。


理不尽な話だと王さんは憤慨しました。


売り場に飾られた大型テレビは香港の番組を流していました。


ここでは、北京の国営放送より香港のテレビ局のほうが人気が高いのです。


「ここはもう中国ではありませんねえ」。


王さんがつぶやいていました。

中国社会の抱える矛盾 4

北京はこの日雪だというのに、ここ深馴市はすっかり夏景色。


中国の広大さを改めて実感しました。


深鯛市での取材の目的は経済特区でした。


中国はこの10年、改革開放政策の下で、台湾・香港に近い沿海地区に5つの経済特区を建設しました。


そこでは税制面などの優遇措置や豊富で安価な労働力を売りものに、積極的に外国企業を誘致してきました。


西側先進国の資本と技術、そして効率的な生産システムを導入することで経済発展を図ったのです。


(中国の経済発展を支えてきた経済特区の繁栄ぶりはこれまでいろいろ書かれてきたので、ここでは割愛させていただきます)。


テレビ工場と洋服工場を取材した私たちは、引き続き深坦の街の撮影に出かけました。


街の中心部には、一見香港を思わせるような高層ビルが立ち並んでいます。


人々の服装も北京とは比べものにならないくらい洗練されています。


ここ深坑はもともと貧しい漁村でした。


しかし、経済特区ができたこの10年間で中国一豊かな都市に生まれ変わったのです。

中国社会の抱える矛盾 3

問題はたとえば前記の陶部長の論文などが、現在の治安の悪化の原因を説明して次のように主張している点にあります。


「国際独占資本は現在も、またこれから先も長期にわたってわが国に対して浸透し、転覆を謀り、『平和的な(資本主義への)転化』を謀る活動を行うだろう。


事実、種々の敵対分子、重大犯罪分子が国外、境外の反動勢力の支持と影響を受けて、政治、経済、思想、文化さらに社会生活などの諸領域において破壊活動を行い、わが国の社会主義制度を転覆しようと謀っている」。


・・・すなわち、中国社会における刑事犯罪の激発を、国外の資本主義勢力と結託した国内の「反党・反社会主義分子」が行う破壊活動に原因するものとしているのです。


このような解釈は、天安門事件以来の外部陰謀説、平和転化説の延長にあるものです。


3月に中国に行ったことがありますが、冬だというのに人々は皆、半袖姿でした。


気温は25度、南国の太陽が輝いています。


私たちは北京からおよそ2400キロ南下して、広東省深馴市を訪れていました。


ここは香港と目と鼻の先、海の向こうに香港のビルが見えるほどの近さです。

中国社会の抱える矛盾 2

目下、中国の指導部はこの点に着目し、現在以上に地方との対立を激化させないように配慮しはじめたように見えます。


もっとも、地方の自立傾向をある程度黙認する一方で、指導部は思想・イデオロギー面での統制は、いっそう強める傾向を示しています。


これには、中国社会の治安状況が全般的に悪化の一途をたどっていることが大きく影響しています。


・・・たとえば公安部長の陶氏は91年の最近の論文の中で次のように述べています。


「この数年、売買春、アヘンの売買など、醜悪な社会現象が沿海や辺境の一部地区に蔓延・発展し、社会主義の精神文明を破壊し、社会治安を危機に陥れている」。


・・・実際、89年の統計数字ですが、広東省広州市では、1年間に約6万件の刑事犯罪が発生。


うち1万8000件が強盗・殺人などの凶悪犯罪だったといいます。


1日平均、約50件の凶悪犯罪が起きていることになります。


同市は現在、無戸籍の流動人口を含めておよそ450万の人口を抱える東京の半分以下の規模の都市。


・・・その都市でこれだけ多数の犯罪が発生するということは尋常の事態ではありません。

中国社会の抱える矛盾

現在、中国指導部がもっとも頭を悩ませている問題のひとつは、前述のように広東など華南・華中の沿海地域を筆頭とした地方政府・企業が自立化傾向を強めて中央離れが著しくなってきていることにあります。


ところがその一方、天安門事件を経て、諸外国の経済制裁を受けるなど、経済的に苦境に置かれた中国を、この間底支えして破綻から救ったのは、むしろその華南・華中沿海地域の郷鎮企業を軸とした経済の粘り強い発展でした。


天安門事件以来、李鵬首相に率いられた中央指導部は、インフレ抑制と金融引き締め策など、経済的な引き締め政策を採用したにもかかわらず、地方経済はついに活力を失わなかったのです。


たとえば、中国の経済成長率は89年に約4パーセントだったものが、90年には約5パーセントへと、若干ではあっても上昇しています。


さらに、工業部門の総生産額についても、地方の郷鎮企業による生産額がおよそ60パーセントの比率を占めるに至っているのです。


こうした状況下には、当然、中央も現状の地方の自立化傾向をある程度は容認せざるをえないはずです。


他方、上海・浦東を拠点とした中央の主導性の強い経済建設の推進は、戦略的にはすでに見たように華南・華中の地方沿海経済と異なるものです。


・・・とはいっても市場経済、対外開放、資本・技術の導入などを必要とするといった点では共通しており、相互に矛盾するものではありません。


その点で政治的にはいざ知らず、経済的には2つの戦略は完全に共存可能なものです。

冷戦後のアジアの動き 4

この点では、上海・浦東地区開発がいかに中央の主導性の強いものであれ・・・


依然、計画経済主導型の保守的思考しか持たない官僚だけでは、この開発はとうてい推進しきれないということがわかります。


かつて趙紫陽の下で市場経済主導型の経済運営に携わった改革派官僚たちの再登用が必然的に要請されてこざるをえないことになります。


ここでも、改革派官僚の間に受けの良いことで知られる朱鎗基副首相の役割が今日重視される理由があるのです。


いずれにせよ、湾岸戦争の結果、ハイテク技術が持つ戦略的意味が、軍事的意味合いを強めるにつれて、上海・浦東の開発はより重要度を増しつつあると言ってよいでしょう。石塚孝一氏によると、・・・むろん浦東開発には、外資・技術導入、インフラ整備などの面でなお多くの困難を抱えていることも確かです。


そう容易に計画が実現するとは考えにくいでしょう。


・・・それにもかかわらず、この戦略が今後、中国の内外政策に大きな影響を及ぼすことになるのは必至と思われます。

冷戦後のアジアの動き 3

もともと、上海は日本と経済技術協力を前提とした宝山製鉄所を1978年以来建設するなど、どちらかといえば華南・華中の沿海経済に比して資本集約的な経済建設を行ってきました。


・・・周知のように、かつて戦後日本も輸入代替型戦略を採用していました。


しかし、当時の条件では産業政策において頂点に置かれる部門は、重化学工業など重厚長大を特徴とする資本集約的な産業部門でした。


宝山製鉄所の建設は、この点からすれば戦後日本の経済戦略をまねたものとして推進されたわけです。


しかし、今日、上海・浦東において展開されようとしている戦略は、同じ輸入代替型戦略とは言っても、その頂点に重化学工業を置くのではなく、大規模重化学プラントと比べれば、むしろ軽薄短小といわれる比較的資本集約度の低いハイテク産業を置くものになっています。


・・・むろん宝山製鉄所のような既存の大型プラントは、一貫系列の生産ラインの下でそのままハイテク部門と結びつくものとして位置づけられることになります。


ここではいまや世界経済において主導的役割を担う産業が、ハイテク産業になったとする認識が働いているわけです。


むろんこの戦略においても対外開放と市場経済の展開という改革開放の基本政策は、当然守られなければなりません。

冷戦後のアジアの動き 2

むろん浦東地区開発は以上の構想に尽きるものではありませんでした。


朱市長(当時)は90年8月、『経済工作通訊』誌上で浦東開発を中核に置いた上海の根本的な産業構造の転換を計画中であるとし、大略次のような説明を行っています。


「第一に、従来、上海の企業は国内資源に依存してもっぱら国内市場を相手としてきたが、今後は国内と国外の双方に重点を置き、より多くの国外資源を利用して国際市場を相手とする方向に転換を行う。


第ニに、従来、労働集約的、資源集約的な粗放型の発展方向をとってきたのに対し、今後は資本集約的、知識・技術集約的な精密型の発展方向に転換する。


第三に、従来、繊維工業を中心に軽工業品を主体とした産業発展政策をとってきたのに対し、今後は自家用車、マイクロ・コンピュータ、電気機器などの部門を一体化させた重点傾斜生産の産業政策を採用する。


第四に、これに伴って上海に原料部門、素材生産部門、基礎部品生産部門、完成品生産部門の一貫系列の生産ラインを形成して、輸入代替型に向けた産業構造の転換を図る」。


・・・ここには、従来、特区経済や華南・華中の沿海経済などが採用してきた労働集約的な輸出加工工業の展開を軸とした輸出主導型と呼ばれる戦略が、放棄されているのが読み取れるでしょう。


代わって新たに登場しているのが、資本集約的で知識集約的なハイテク産業を頂点とした輸入代替型と呼ばれる戦略です。

冷戦後のアジアの動き

冷戦後、上海市政府は記者招待会を開催して正式に浦東開発に関する政策骨子を発表しました。


その骨子とは以下のような内容を持つものでした。


第一に、浦東地区内で生産的投資によって経営される優秀企業に対しては、その所得税を大幅に減免し、輸出入関税についても減免する。


第ニに、外資に対しては、地区内で生産的投資を行う場合には大幅な税の減免を行い、とりわけインフラ部門に投資する場合には利潤発生初年度から向こう5年は免税とし、その後5年は5割の減税を行うとする。


第三に、外資が地区内で第三次産業部門に投資することを許可し、とりわけ従来禁止されていた金融(銀行、証券ほか)や小売流通部門への投資を許す。


・・・以上の政策は一言にしていえば、浦東地区を香港と同様か、それ以上のタックス・ヘブンの国際都市に変えることを標榜したものです。


これによって、重税負担の回避を望む外国金融資本を中心とした外資の大量流入に期待を寄せています。


さらに、低税率をバックに外国のブランド品などを中心に贅沢品を低価格で売る小売店舗の進出を誘致し、ひいては買い物客など外国人客を引きつけようとする発想が含まれています。


イメージ的には現在の香港同様の都市建設を狙ったものであることは間違いないでしょう。

沖縄の伝説

沖縄ツアーなどですっかり観光地というイメージのある沖縄ですが、そんな沖縄にはたくさんの伝説が残されています。


伝説や歴史を学んでから史跡を訪れるとものすごく感動しますよね。


今日はそのなかでも「為朝伝説」について書いていきたいと思います。


為朝の舟は潮流に従っていくうちに、にわかに暴風がおこり、舟人たちがおどろき恐れたので、公は天を仰いで


「運命は天に在り、何をか憂えん」


・・・といいました。


そこで運を天にまかせてたどりついた港が、運天港だったのです。


運天港は沖縄島北部の良港で、薩摩軍が侵攻してきたときの上陸地であり、戦前は帝国海軍の軍港でした。


ですから東郷平八郎揮毫の「源為朝公上陸之跡」という碑がいまも建っています。


運天港という呼称は、しかし為朝の時代にはなく、それより三百年後の文献にも「雲見泊」と出ています。


そのため、運天を為朝渡来と結びつけることはできないでしょう。


流求に上陸した為朝は、七尺あまりの偉丈夫であるうえに、見たこともない鎧を着て、弓箭をもっていました。


流求の者どもはおどろき恐れて、彼に従うこと草が風になびくようでした。


それで為朝はたちまち島中を征服し、当時もっとも有力であった大里按司の妹を妻として、一子をもうけ、尊敦と名づけました。

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