沖縄の伝説
沖縄ツアーなどですっかり観光地というイメージのある沖縄ですが、そんな沖縄にはたくさんの伝説が残されています。
伝説や歴史を学んでから史跡を訪れるとものすごく感動しますよね。
今日はそのなかでも「為朝伝説」について書いていきたいと思います。
為朝の舟は潮流に従っていくうちに、にわかに暴風がおこり、舟人たちがおどろき恐れたので、公は天を仰いで
「運命は天に在り、何をか憂えん」
・・・といいました。
そこで運を天にまかせてたどりついた港が、運天港だったのです。
運天港は沖縄島北部の良港で、薩摩軍が侵攻してきたときの上陸地であり、戦前は帝国海軍の軍港でした。
ですから東郷平八郎揮毫の「源為朝公上陸之跡」という碑がいまも建っています。
運天港という呼称は、しかし為朝の時代にはなく、それより三百年後の文献にも「雲見泊」と出ています。
そのため、運天を為朝渡来と結びつけることはできないでしょう。
流求に上陸した為朝は、七尺あまりの偉丈夫であるうえに、見たこともない鎧を着て、弓箭をもっていました。
流求の者どもはおどろき恐れて、彼に従うこと草が風になびくようでした。
それで為朝はたちまち島中を征服し、当時もっとも有力であった大里按司の妹を妻として、一子をもうけ、尊敦と名づけました。